【道東の輝く人】株式会社 養老牛山本牧場W.E.C  山本 照二(やまもと てるじ)さん

養老牛の原野で貫いた
命と循環の哲学

「マイナス30度の雪原で、牛が暮らしている」
そんな光景を、想像できるでしょうか?

北海道、中標津町・養老牛。
この土地で「完全放牧」に取り組む酪農家さんがいます。
株式会社養老牛山本牧場 W.E.C
代表取締役 山本照二(やまもとてるじ)さんです。

山本さんが生産する「養老牛放牧牛乳」は、その製法と味わいから、多くの人から高い評価を得ています。
しかし、現在のスタイルが確立されるまでには、既存の常識と自身の理想とのギャップに悩み、試行錯誤を繰り返した長い年月がありました。




🔥 第1章:シルクロードのような風景に魅せられて

山本さんの物語は、酪農地帯ではなく、東京から始まります。 実家は乾物屋。教師を志し、旭川の大学へ進学。その後、東京へ戻り、12年間サラリーマン生活を送っていた山本さんは、「自然」に飢えていたといいます。

大学時代、バイク好きだった彼がたどり着いたのは、北海道・中標津の「開陽台」。330度の地平線を見た瞬間、体に電流が走りました。

「ここは日本じゃない。学生時代に憧れた、シルクロードのようだ」

旅人たちの間で交わされる情報交換、地元の飲食店との温かい交流。いつかこの地に住みたいという漠然とした夢は、30代半ばで現実のものとなります。

「『こういうことをやりたい』ではなく、この場所に住みたい。動機はそれだけでした」

ご家族と一緒に北海道へ移住。しかし、そこで待ち受けていたのは、理想とはかけ離れた「近代酪農」の現実でした。


🌾 第2章:BSE問題と「地獄の冬」

移住後、3年間の研修期間を経て、いざ就農。しかし、タイミングは最悪でした。山本さんが就農したその年、「BSE(狂牛病)」問題が勃発したのです。

原因とされたのは「肉骨粉」。草食動物であるはずの牛に、同族の骨や肉を食べさせていたという事実に、山本さんは戦慄しました。

「なぜ牛に肉を食わせるんだ? 牛は草を食べる動物じゃないのか?」

研修牧場では、輸入トウモロコシなどの配合飼料を大量に与え、効率よく乳を搾る「工業的」な酪農を目の当たりにしていました。しかし、肉骨粉騒動を機に、その違和感は確信へと変わります。

山本さんは、「牧草だけで育てる完全放牧」へと舵を切りました。


🌾 第3章:「8年間の試行錯誤」と、命の重み

山本さんが「最も苦しかった」と振り返るのは、放牧した最初の冬のことです。 それまで牛舎内で育ってきた牛たちを、いきなり厳しい冬の放牧環境に置いたことで、牛たちは環境の変化に適応できず、痩せていってしまいました。

「冬の放牧は想像以上に過酷でした。45頭いた牛のうち、5頭は冬を越せませんでした」

牛だけでなく、心労により山本さんご自身の体重も15kgほど落ちてしまったといいます。 地域の会合では、変わり果てた姿や牛の状況を見て、
「あのやり方では持たないのではないか」
といった厳しい意見も聞かれました。

「毎日、牛たちに対して申し訳ない気持ちでいっぱいでした。それでも、春になって青草を食べた牛たちが、見違えるように生命力を取り戻す姿を見て、放牧という方向性は間違っていないと確信しました」

牛が環境に適応し、配合飼料を完全にゼロにするまでにかかった歳月は、およそ8年。 それは、山本さんが一つひとつ間違いを修正し、理想とする酪農の土台を作り上げるための期間でした。


🎬 第4章:牛たちの覚醒と、思いがけない「出会い」

転機は二つの方向からやってきました。

一つは、牛たちの変化です。 2年目以降、見違えるようにたくましくなりました。寒さに耐えるため冬毛を密生させ、雪の中でも動じない強靭な肉体を手に入れたのです。

「生き残った牛たちは、本当に強かった。牛が本来持っている生命力が覚醒したんです」

もう一つは、思いがけない「出会い」でした。 牧場の近くで「国民的ドラマ」のロケが行われた際、俳優たちが撮影の合間に牧場を訪れ、山本さんの牛乳を口にしました。

「なんだこの牛乳は…今まで飲んだものと全然違う」

俳優やスタッフたちがその味に驚愕し、撮影が終わった後も「あの牛乳を送ってください」と注文が殺到しました。草だけで育った牛乳の味。それは雑味がなく、スッキリとしている。味わったことのない牛乳の味でした。

さらに、北海道庁主催の「北のハイグレード食品」への選出。山本さんの「完全放牧牛乳」は一躍ブランドとなっていったのです。


🚀 第5章:なぜ、養老牛放牧牛乳は「透明な味」がするのか

山本牧場の牛乳を飲んだ多くの人が、「後味が驚くほどスッキリしている」と口を揃えます。 その科学的な理由は、山本さんが長年かけて築き上げた「土」と「微生物」の循環にあります。

多くの牧場が数年ごとに畑を耕起して草を更新する中、山本牧場は自然のままの「永年草地」を活かしています。

「植物の根は、土の中の微生物とやり取りをしています。根から糖分を出してシグナルを送り、必要な栄養を微生物が運んでくる。この土の中でエネルギー循環が機能していれば、過剰な肥料は必要ありません」

薬や化学肥料に頼らず、微生物が肥やした土から生えた草を、牛が食む。その結果、山本牧場の牛乳には、一般的な牛乳に多い「オメガ6脂肪酸」とは対照的に、「オメガ3(必須脂肪酸)」が豊富に含まれていることがわかりました。

「だから、オリーブオイルのようにサラッとしている。それが草を食べて育った牛の、本来の乳の味なんです」


🌏 第6章:日本人を健康にする。「グラスフェッド牛乳」と「ヨガ」

今の山本さんの視線は「人々の健康」に向けられています。 体質的に牛乳が合わない方もいらっしゃいますが、山本さんは自身の牛乳を通じて貢献できることがあると考えています。

それは山本さんが東京で開催している「ヨガ教室」です。

「健康のためには、体に入れる『食』も大事ですが、体を動かす『運動』も不可欠です。グラスフェッド牛乳というクリーンなエネルギーを体に入れ、ヨガで体を動かして循環させる。」

牛も人も、自然の一部。内側と外側の両面から人々の健康をサポートする。

山本さんが目指すのは、孫の代までこの美しい風景と営みを残し、関わるすべての人を幸せにすること。

「飲んでくれる人の健康に寄与し、この風景を守り抜く。シンプルですが、それが私の目標です」


💖 山本照二さんの「素顔」に迫る Special Q&A

Q. 長い酪農人生で、忘れられない「不思議な体験」があるとか?
A. はい、実は一頭の牛に「教えられた」ことがあります。
「ある冬、難産で腎臓を悪くし、獣医さんからも『諦めたほうがいい』と言われた牛がいました。ずっと牛舎の中で治療していたんですが、ある時ふと、言葉ではないんですが『外に出してください』という強い思いが頭に入ってきたんです。 外は猛吹雪でした。常識で考えれば、出せば確実に死にます。でも、どうせ死ぬなら最期くらい好きな場所に…と覚悟を決めて外へ放ちました。 すると翌朝、その牛は雪の中でケロッとして立っていたんです。目は昨日より生き生きとしていて、その後、奇跡的に全快しました。
牛は言葉を話しませんが、私たち人間が思う以上の生命力と意思を持っている。それを尊重することこそが牛飼いの責任だと、その牛が教えてくれたんです」

Q. 普段はオーガニックな生活ですが、こっそり食べているものは?
A. 「実は『カップ麺』です(笑)「普段は添加物なども気にしますが、たまにはありかなと(笑)。
偏りすぎず、そういう楽しみも残してバランスを取るようにしています」

Q. 意外な国で山本牧場の味が人気だそうですね?
A. 「台湾の観光客の方にミルクレームが大人気なんです。 以前、台湾のインフルエンサーの方が紹介してくれたのがきっかけで、コロナ前は多くの方が『ミルクレーム』を食べに来てくれました。来年1月には、感謝を込めてロードバイクで台湾を一周してくる予定です(笑)」


【まとめ】

グラスに注がれた「養老牛放牧牛乳」は、ただの飲み物ではなく、中標津の自然そのものです。 一口飲めば、きっとあの広大な景色の風が、身体の中を吹き抜けるはずです。

ぜひ一度、山本さんが人生をかけてたどり着いた「味」に出会ってみてください。

ℹ️ 関連情報
山本牧場HP
養老牛放牧牛乳オンラインショップ

山本牧場ミルクレーム
〒088-2684 北海道標津郡中標津町養老牛200−2
※冬季閉鎖

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